2014年1月13日月曜日

インド: 5日目、Jaipur (ジャイプール)

Jaipurは、ラジャスタンの州都。大きな街だが洗練とは程遠く、埃っぽい混沌が広がる街だ。目抜き通りも、とても歩いて楽しいという感じではないが、今も王様一族が宮殿に住んでおり、遺跡はすばらしい。 

まずは街なかにある、王族の后たちが眼下に街を眺めて暮らせるように、王様が造ったHawa Mahal(日本語では風の宮殿)をひと目みてから、Jaipurよりも先に存在した城である、Amber Fortに向かう。

風の宮殿

Amber Fort
Jaipurの王族は、北のムガール帝国とは違い、土着のヒンズー教徒であり、ムガール帝国や近隣の別の王族等と巧みに外交して生き残った才君、Jai Singh二世が築いた都だ。写真のとおり、山頂に城があり、お金を払うと象で城まで登れる。大晦日でる今日も、世界中から来た観光客で溢れかえっていたが、1時間少々待つと象に乗る順番がまわってきた。




JaipurでアサインされたガイドのDhirendra Singhさんは、一応英語はできるのだが、説明に熱意が感じられないばかりか、通り一遍の知識しかなく、おみやげ屋に連れて行くことしか頭にない感じ。悪いがAmber Fortには出口で待ってもらい、彼のエスコートではなく、オーディオツアーで楽しむことにした。


どこの城もそうだが、大勢の后や侍女たちが住んでいたところもあり、権謀と策略うずまく場所だっただろうと想像できる。それにしても、どの宮殿も、往時の様子を想像すると、その絢爛さに舌を巻く。いまは略奪されてしまっているが、天井には無数のシャンデリア用や人力による扇風機用にプーリーを取り付けるフックがあり、床には絹の絨毯、天井や壁は豪華な布、侍女や宦官が侍り、松明が灯され、泉にはバラの花びらが浮かべられていたはずだ。王様が行くところはすべて楽隊が着いてまわり、台所にはビュッフェ、風呂には、山裾の湖から組み上げられる水で風呂とサウナが設けられている。



Amber Fortを降りるとランチに連れて行かれるが、ここで問題発生。例のごとくツーリスト用のレストランに行くが、注文した料理が30分経過しても出てこない。Dhirendraに文句をいい、午後の土産物屋は一軒も行かないよと伝える。ただ、最終的に出てきたDal MakhaniMutton Biriyaniの味は、なかなかだった。


18世紀にAmber Fortの人口が増加して古い城が手狭になると、王族はインドで最初の計画都市であるJaipurを築城。天文学者でもあったJai Singh 二世が建造した中世の天文台であるJantar Mantarを見学する。天文観測の主な理由はカレンダーの作成と、占いだったという。


続いて、City Palace城内を見学するが、我々のガイドよりもはるかにサービス精神に富んだ、中国語を話すインド人のガイドが、広州から来た中国人の団体を心底楽しませている様子に遭遇した。やはり、英語以外の外国語を勉強した人は、知見が広くて話が面白い。


City Palaceを見学した後は、Dhirendraと別れて自分たちでバザールを1時間ほど歩く。埃っぽいが、Rajasthanの州都だけあって、バザールは商品の種類別に広大なひろがりを見せている。




歩き疲れたので、新鮮な牛乳を大鍋で沸かして提供している甘味屋に足を止める。牛乳や粉をつかったデザートがほんとにおいしくて、ホッとする。乳製品は、日本よりもずっとおいしい。




その後は、もうすこし洗練したものが見たくて、目抜き通りのM.I. Roadにあるレストランや、有名らしい大きな映画館を見に行くが、あまりパッとしない。高級ブティックのAnhokiに行き、真澄がスカーフをひとつ購入した後、Tuktukでホテルに戻る。

今日は、大晦日。日本との時差は3時間半なので、8時過ぎに日本の実家に電話をし、その後、ホテルロビーに隣接するレストランで行われる大晦日のギャラディナーに出席。Amber Fortで買った王様のかぶる帽子をかぶっていたので、ホテルの支配人に丁寧に挨拶され、写真に撮られる。

0 件のコメント:

コメントを投稿